最高裁判所第一小法廷 昭和54年(し)27号 決定 1979年3月27日
主文
原決定及び福岡地方裁判所が昭和五四年二月二日にした刑の執行猶予言渡取消決定は、いずれもこれを取り消す。
本件刑の執行猶予言渡取消請求を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、憲法三一条違反をいう点もあるが、その実質はすべて単なる法令違反の主張であって、刑訴法四三三条の抗告理由にあたらない。
しかし、職権をもって調査するに、刑法二六条一号によれば、刑の執行猶予の言渡は、猶予の期間内にさらに罪を犯し禁錮以上の刑に処せられその刑につき執行猶予の言渡がないときは、必要的に取り消されるべきものとされているが、ここに「禁錮以上の刑に処せられ」というのは、そのような刑の言渡をした判決が確定したことをいうものと解すべきである。
これを本件についてみるに、記録によれば、申立人は、昭和五二年二月一日福岡簡易裁判所において賍物故買罪により懲役一年及び罰金七万円に処せられ右懲役刑について二年間その執行を猶予され(以下、右の懲役刑を前刑という。)、その猶予期間内にさらに犯した覚せい剤取締法違反の罪により同五三年九月二九日山口地方裁判所下関支部において懲役一年二月に処する旨の判決の言渡(以下、右の刑を後刑という。)を受けた者であるが、右後刑の判決に対して控訴を申し立て、その控訴審において控訴趣意書提出最終日の指定通知を受けながらその指定期間内に控訴趣意書を控訴裁判所である広島高等裁判所に提出しなかったため、同裁判所は決定で控訴を棄却し、申立人は右決定に対し異議を申し立てたが、同裁判所は前刑の執行猶予期間内に右異議申立を棄却する決定をし申立人に告知したところ、申立人はさらに右決定に対して特別抗告を申し立て、当裁判所が右抗告を棄却する決定をし申立人に告知する以前に前刑の執行猶予期間が満了したことが認められる(なお、本件刑の執行猶予言渡取消の決定がされたのは、右特別抗告申立の後これに対する棄却決定のされる前であった。)。そうすると、本件は刑法二六条一号の刑の執行猶予言渡取消の要件を欠いているものというほかはない。
しかるに、控訴棄却決定に対する異議申立棄却決定が申立人に告知されたことにより後刑につき執行力が生じ適法にその執行が開始されている場合も右規定にいう「禁錮以上の刑に処せられ」にあたるものとして前刑の執行猶予言渡を取り消した福岡地方裁判所の決定及びこれを維持した原決定は、法令の解釈適用を誤つた違法があり、これを取り消さなければ、著しく正義に反すると認められるから、刑訴法四一一条一号を準用して、右各決定を取り消すべきものとする。
よって、同法四三四条、四二六条二項により、主文掲記の各決定を取り消し、本件執行猶予言渡取消請求を棄却することとし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山 亨 裁判官 戸田 弘 裁判官 中村治朗)